書評者と著者と読者の本屋「松原商會」@PASSAGE by ALL REVIEWS のBlog

社会経済学者・松原隆一郎(放送大学教授、東京大学名誉教授)と丁稚が営む、書評と書評された本と読者をつなぐ一棚書店

#17 「健康を保証する緑の高台」「お子様の成長とともに鯉のぼりのごとく値上がりする土地」…「分譲地インチキ広告」を吉川祐介さんと一緒に味わう/『限界ニュータウン』著者・吉川祐介さん、いらっしゃい(3 / 全11回)

吉川祐介さんに「限界ニュータウン」新聞広告を見せていただく松原隆一郎會長

「無公害」がセールスポイントになった70年代

吉川 この広告は、どんなことを売りにして販売してたか、とか見ていくとおもしろいです。今みたいに立地のみじゃなくて「無公害住宅地」とかを売りにしてるんですね。

私が調べているエリアからちょっと離れるんですけど、わかりやすい広告の一例としてこれを見てください。1970年ですね。

「将来性備えた無公害住宅地」「健康を保証する緑の高台」1970年9月16日読売新聞掲載広告。

會長 まだ高度成長期の雰囲気だね。

かつて、ニュータウンの出現を「夢の時代」と言ったけど、 じゃ夢って何ですか、ってなったら、広告の文言は例として断然分かりやすい 。

吉川 広告にも「健康を保証する」とか書いてありますよね。

會長 健康が夢ってことですか。

吉川 ちょうどこの時期は公害の記事が毎日のように新聞に載っていますから。東京の記事なんて公害の話ばっかりです。スモッグとか、なんとかガスがどこかで発生した、とか。

會長 東京から千葉に転居を考えて視察に来るわけだ。喘息持ちの弱みに付け入ってますね。

吉川 そういう人たちに向けて、東京から遠いけれどこのくらい離れればいい環境がありますよ、と広告で呼びかける。

木更津駅前」と書いてあるのは集合場所です。広告によっては、所在地よりも、見学会の集合場所や案内所の所在地のほうがでかでかと書いてあったりするんですよ。

會長 それは三浦展さんの『昭和の東京郊外 住宅開発秘史』にも出てくるエピソードですね。

三浦展『昭和の東京郊外 住宅開発秘史』

 

有名なところで集合させて、2時間とかかけて、いったいどこかわからないところに連れて行かれる。着くと、丘や小川を更地にした土地に万国旗が飾ってあって、そこで説明が始まる、っていう。

吉川さんはチラシの調査にとどまらず、それから半世紀後の「資産価値ゼロ」まで追っていった。

三浦さんが集めたチラシは1950年代から60年代前後のまだ住宅不足の時期、それが満たされるのがこの新聞広告が出た1970年代前半で、問題が公害に移ってはいるけど、土地投機を煽っているというホンネは変わっていないですね。

吉川 これなんかは見学会のバスツアーの一例として用意した資料です。千葉の田舎の分譲地なのに、ツアーの集合場所が東京都内なんですよね。川崎駅、品川駅、池袋駅上野駅……。

集合場所は①川崎駅②品川駅…など都心のターミナル駅(1971年8月29日読売新聞掲載)

吉川 この時代は、限界ニュータウンに限らず、どこも同じような広告を出していたと思います。

積水ハウスのような大手の会社の広告でもありました。積水はなぜか知らないけど土浦をすごくプッシュしてて。「上野から68分の土浦」って書いてあるけど、実際はその土浦駅からさらにバスで20分の美浦村(みほむら)の分譲地…。全然68分じゃ着かないし、土浦でもないし。

積水ハウス株式会社の広告。美穂村なのに「上野から68分の土浦で。」(1975年1月10日朝日新聞掲載)

土浦を猛プッシュし続ける積水ハウス(1978年6月8日朝日新聞掲載)

會長 駅から徒歩50分だったり…(笑)。今なら怖くて買わないよね。高度成長期はデタラメだなあ。

吉川 はい。そしてこちらは当時の違反業者の摘発の記事です。

1973年3月17日朝日新聞(※記事の一部のみ掲載しています)

吉川 分譲地の場所じゃなくて、案内所の立地ばかりアピールしていた会社が処分を受けています。その一例の広告がこちらです。

「お子様の成長とともに鯉のぼりのごとく値上がりする土地」(1972年5月5日読売新聞掲載)

吉川 「津田沼駅前受付」と書いてありますが、これはただの案内所の所在地にすぎなくて、実際には千葉県松尾町(現・山武市)に開発された分譲地です。

會長 えげつないね。

吉川さんが語ってくださる「限界ニュータウン」新聞広告の異次元さについて聞き入る會長

吉川 ここも投機目的で開発された分譲地なんですけども、今も家は一軒も建っていなくて完全に放棄されてるんです。

成田駅よりバス12分」(1971年8月28日読売新聞掲載)

吉川 千葉県富里市の分譲地の広告です。「成田駅からバスで12分」って書いてありますけど、実際にはたぶん40分くらいかかります。電柱も水道も下水もありません。

一応、名目としては住宅地の販売なんですけど、広告を見ていても、なんだかあんまり生活感が伝わってこない。どちらかというと、住宅地としての住みやすさよりも、値上がりの可能性をアピールしている。今だったら、その街の住みやすさをポエムみたいに書くじゃないですか。でも、こんなものができます、道路が広がります、値段が上がります、みたいなアピールばかりしている。つまり真の目的はそこですよね。当時は実際に土地の値段は上がっていたので、上がったタイミングで手放した人もいたはずです。

次回は、フリーランスでブログやYouTubeを運営していくことの苦労について、吉川さんにお聞きします。大変だったことも穏やかに淡々と語ってくださいました。どうぞお楽しみに。