書評者と著者と読者の本屋「松原商會」@PASSAGE by ALL REVIEWS のBlog

社会経済学者・松原隆一郎(放送大学教授、東京大学名誉教授)と丁稚が営む、書評と書評された本と読者をつなぐ一棚書店

# 9 「謎の上得意さま」が突然、「神戸の旅」に連れてってくれました

突然現れた松原商會の上得意様「小日向さん」が松原隆一郎會長の著書『経済思想入門』(ちくま学芸文庫)をお買い上げくださってしばらくたった頃、小日向さんからTwitterを通して一枚の写真が届きました。

PASSAGEから700キロ先?……小日向さんどこにいるの?

写真に目を凝らした丁稚は、あるモノが写ってることに気づきました。

写真の黄色い線で囲んだ部分をご覧ください。

黄色で囲んだ部分にご注目

経済思想入門』がいる! 會長コメントカードも一緒にいる!

どうやら小日向さんが、『経済思想入門』とちっちゃい會長を連れてどこかを旅している様子。小日向さんどこにいるのー?

丁稚はリツイートして小日向さんに聞いてみました。

すると、小日向さんからリプライが。

ここが神戸なんだ。

丁稚は行ったことがない神戸の港に見入りました。小日向さんと『経済思想入門』とちっちゃい會長と一緒に神戸を旅してる気分。

やがて、小日向さんからあらたな写真が。

小日向さんが送ってくださった4枚の写真の1枚1枚に目を凝らします。

順に見ていきましょう。

まず1枚目、左上の写真。黄色の線で囲んだ駅の名前にご注目ください。

魚崎駅だ!

小日向さんがいるのは魚崎駅! 會長が生まれ育った神戸の町です。

魚崎については、會長が、會長の祖父、頼介さんの「無名の起業家人生」を、” おじいさん(頼介さん)の製鋼会社を継げと言われて東大工学部に入らされたのに、会社が川崎製鉄に買収されて継ぐ必要がなくなったから、経済学を学び始めて社会経済学者になった孫 ”として書いた『頼介伝』に書かれています。

會長が書いた魚崎の地図はこちら。

住吉川に沿って、頼介さん邸や、『細雪』を書いてた頃の谷崎潤一郎邸(倚松庵)、頼介さんの碁仲間で「これからは鉄の時代だ!」と頼介さんに繰り返し言ってた川崎製鉄初代社長・西山弥太郎邸もあります。(頼介さんは西山弥太郎の影響で製鋼会社を起業します。)

そして2枚目、右上の写真。

経済思想入門』&ちっちゃい會長が、小日向さんと一緒に港を眺めてる。ここがきっと東灘。

そして3枚目、右下の写真。

「東出町にご同行いただきました」と書いてあるから、きっとここ、東出町なんだ……!

東出町は『頼介伝』に登場する、頼介さんがフィリピンから流れ着いた町。不思議がいっぱい詰まった町なのです。(詳しくは、鹿島茂さんと會長が『頼介伝』について語り合った対談 をお読みください。)

写真に写ってる『経済思想入門』とちっちゃい會長がうれしそう。小日向さんに東出町へ連れていってもらったんだね。よかったね~。

そして、4枚目。

説明板を拡大してご覧ください

横溝正史生誕の地!ここも東出町界隈です!

頼介伝』に書かれているように、東出町は、神戸で生まれ育った會長も名前すら知らなかった町なのですが、會長の祖父、頼介さんが住み始めた1918(大正7)年頃、『犬神家の一族』『八つ墓村』などで知られる作家・横溝正史もすぐ近くに住んでいたことがわかりました。會長が調べた結果、頼介さんと同じ時期にこの界隈に住んでいたことがわかったのが、以下の人々。

山口組初代・山口春吉

日本画家・東山魁夷

ダイエー創業者の中内功

みんな、頼介さんと道ですれ違っていたはず。

そして、丁稚がじんわり感動したのは、ここ東出町こそ松原商會のルーツだからです。東出町こそ、頼介さんが、1922(大正11)年2月1日、「松原商會」を設立した場所なのです。

小日向さんの手の上で、『経済思想入門』も、ちっちゃい會長も、感動で涙目になっています。もちろん丁稚も。

小日向さんからの、『経済思想入門』とちっちゃい會長を連れた「『頼介伝』の旅」の報告を、実物の會長に急いで報告しました。

連絡を受けて、阿佐ヶ谷で興奮している様子の実物會長。すぐさま、會長は小日向さんに呼びかけました。

東出町にある「お好み焼きひかり」さんは昭和20年創業のお好み焼き屋さん。會長が『頼介伝』の取材で知った、このあたりで人気のお店だそうです。

いや、まさかそこまでは小日向さんも……と思ってたら

なんで?!

なんかわかんないけど通じ合ってる小日向さんと會長。二人につられて丁稚も感動!

ちょっとご説明しますと、「サカエ薬局」はダイエー創業者・中内功の実家です。今は建物はなく、跡地に碑があるのですね。

やがて、會長は、別の場所に移設された「サカエ薬局」の建物の写真をアップ。

すると、小日向さんからリプライが。

今はなき喫茶店「ベニス」も、會長が『頼介伝』執筆のための取材のときに立ち寄ったお店。小日向さんはどうやら「ベニス」の常連だった様子……。

どういうこと?

阿佐ヶ谷から、會長すぐさまリプライ。

小説を片手に作品中に書かれた場所をたどる、ということはありそうですが、まさか経済思想の入門書を片手に、別の著作、それも會長のおじいさんの人生をたどった著作に登場する、おじいさんが大正時代に生きた場所をたどってくださる読者の方が現れるなんて、『経済思想入門』執筆時の會長は想像もしなかったことでしょう。

すっかり感動した會長&丁稚。

會長「小日向さんに何かお礼をしたいなぁ。」

そこで、會長は小日向さんにある申し出をします。

(続く)

#8「謎の上得意さま」の「意外な素顔」

謎の上得意さま、「小日向よしお」氏。

とうとう松原隆一郎會長の著書『経済思想入門』(ちくま学芸文庫)を予約までしてくださることに、會長も丁稚も恐怖がピークに。

會長は、阿佐ヶ谷を自転車でキコキコ走ってても、変な人がついてきてないか立ち止まっては後ろを振り返る日々。丁稚は、松原商會の棚に行っては、死んだゴキブリとかカビが生えたパンとか危険物が仕掛けられてないか確認するようになりました。

でも。

何をするのも度を越してのろい丁稚が、『経済思想入門』の仕入れに何ヶ月のろのろしてても

と、やさしく待っていてくださる小日向さん。

季節が変るくらいお待たせしたのに、やっと仕入れてご連絡すると、

……小日向さん、やさしい 。

変な人じゃない。(変なのはむしろこっち。)

気がつけば、小日向さんが買ってくださるたびに「わー、小日向さんが買ってくださったー!」と、會長も丁稚もキャッキャするように。

PASSAGEがテレビで紹介されるたび、松原商會のツイートを通していつも一緒に観てくださる小日向さん。

 

PASSAGEと松原商會の成長を見守ってくださる小日向さんは、いつしか會長と丁稚にとって大切な人になりました。

丁稚「會長~、今回も小日向さんが一番に買ってくださいました。」

會長「なんと。うれしいねぇ。くれぐれも丁寧にご対応するのだぞ。」

丁稚「御意」

と、やりとりしていたある日。小日向さんからこんなDMが届きました。

(注)「格闘技特集」とは、「驚異の格闘技本」をテーマに會長セレクトの格闘技本を売っていたときのこと

丁稚「會長、小日向さんのお父さまは1960年代後半に東大柔道部に所属しておられたのですね!」

會長は東大の先生だった頃、2007年から12年間、東大柔道部の部長を務めていました。

「七帝戦」は、国立大学7校が戦う年に一度の大会。東大柔道部にとってもっとも大事な試合です。會長と柔道部員の学生さんたちは、この試合に向けて、ともに汗を流して練習し、励まし合い、酒をくみかわし、勝利を喜び、敗退に涙する12年間を過ごしてきたのです。

會長「1960年代後半といえば、東大柔道部が七大戦(七帝戦)で最後に優勝した頃だよ。そうか……。」

會長は思いに耽っていました。

ある日、『経済思想入門』が届きました、と、小日向さんからTwitterを通して連絡が。

そこには、會長と丁稚がのけぞる驚きの写真が付されていました。

(続く)

#7 謎の人物「小日向よしお」あらわる

松原商會が開店して一ケ月程たった2022年4月。そのころ松原商會は、「経済学を学び始める君へ 松原隆一郎より」という、會長の柄でもないまじめなテーマで會長の経済学関係の著書を売っていました。

そんなある日、「小日向よしお」を名乗る謎の人物から、次のようなリクエストが届いたのです。

 

3月のテーマ本が売れないまま並んでる棚に、POPだけ4月仕様の松原商會。

すでに、『頼介伝』の関連本や、レアな會長著書まで買ってくださっているようす。

それも、はるばる関西から東京・神保町にいらしてくださって。

そして、あの分厚い『経済思想入門』(ちくま学芸文庫)をご所望 !?

誰!? 怖い!! 誰!?

慣れない事態にどよめく會長&丁稚。

松原商會で続けて買ってくださってるなんて、不気味!

でも……うれしい。……でも、怖い~。

またも、「小日向よしお」あらわる

それから数日後。またもや謎の「小日向さん」が現れました。

そんなに『経済思想入門』、ほしい?

もう……誰??

會長と丁稚はおろおろ。敵対学者の手先?ストーカー?

丁稚「會長、この「小日向さん」って、誰か思い当たりますか?松原商會をこんなにご愛顧くださるなんて変です。何か裏があるはず。會長、人の恨みをかったとか、會長をすごく嫌ってる人とか、奇特なストーカーとか、思い当たることありませんか?」

會長「うーむ……(動揺して言葉が出ない會長)。」

「売れたい!人気店になりたい!」と、わめいていた松原商會ですが、まさか本当に人気店になるかもなんて想像したことなかったので、こんなに買っていただけてどうしていいかわからない會長と丁稚。

このときは、小日向さんと會長が、時をさかのぼる感動的なご縁でつながっているとは、會長も丁稚もまだ想像していませんでした。

 

(続く)

#6 シェア型書店PASSAGEで「人気の棚」になるために実行した「6つの作戦」

第一回テーマ「「大正、戦前戦中、戦後と『松原頼介が見た日本経済』」から、さっそく閑古鳥が鳴いている松原商會

ほかの書評家の方たちの棚は、棚主の方のサイン付き著書が飛ぶように売れている様子。それはそうでしょう!著者から直接買える本屋さんなんてほかにないですもの。素敵すぎます。

一般の方の棚も、棚主さんのおすすめの気持ちがあったかく伝わって、お客さんたちが楽しそうに本を手にとっています。皆さんのTwitterを見ていると順調に売れている様子。

それなのに。

頼介伝』&関連本は、松原隆一郎會長のサインだけでなく、関連本には『頼介伝』と関連する箇所を會長にいっぱい選んでもらって、それぞれにコメントを書いてもらった、手間ひまかけた特典付き本なのに。

會長をドトールに呼び出して、コメントカードを切り貼りするのを手伝ってもらったのに。

超多忙な會長は、「『頼介伝』に書いたことがより深く伝わるならば」と思って、時間をさいてせっせと協力してくれたのに。

売れない。

これはひとえに丁稚の力不足です。

丁稚は會長に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

會長、ごめんなさい。

なんとしてでも売らねば。

丁稚は作戦をたてました。

作戦1 Twitterの人気アカウントに拾っていただく

松原商會は開店と同時にTwitterを始めていましたので、松原商會の存在を少しでも多くの人に知っていただくために、拡散力のあるアカウントを通して存在を広めていただこう、と考えました。

そこで本関係のアカウントを見てみると、岩波新書さんのアカウント岩波新書に関する一般の人の投稿をもれなくしっかり見つけては「いいね」やリツイートをなさっている様子。

岩波新書さんに拾ってもらおう!

そこで、會長に相談。

丁稚「『頼介伝』の関連本として、岩波新書で何かないでしょうか。」

會長「うーん。……『バナナと日本人』かな。」

ということで、1982年刊行の名著『バナナと日本人』(鶴見良行 著)を、會長にコメントを書いてもらって、関連本として投入。

当時のツイートです。

岩波新書編集部さんが見つけてリツイートしてくださいました!

岩波新書編集部さん、ありがとうございました!

松原商會の存在を知る人がちょっと増えたかな。増えますように。

作戦2 會長が昔書いたレア本を投入

ほかの書評家の方たちの棚みたいに売れたいな。

頼介伝』関係には限界があるし、會長のwikiamazonを見てみるとどうやら會長はこれまでいろんな本を書いてきたようなので、聞いてみました。

丁稚「會長が昔書いた本で、売ってもいいもの、おうちにありませんか?今は手に入らないものがいいです。」

會長「探してみます。」

忙しい中、會長がごそごそ探してきてくれたのが、これらの本。当時のツイートです。

 

「皆殺し」……。1997年刊行ですから、このとき會長41歳。佐藤亜紀さん、福田和也さん、會長の「知の饗宴」のような書評集。書評家棚に置くのにふさわしい一冊です。

1990年刊行。この頃、會長33歳。ノンフィクション作家・岩上安身さんとの共著。會長ご夫婦が、岩上さん、カメラマンの今枝弘一さんとともに、ベルリンの壁が崩壊した直後の1989年クリスマスイヴにベルリン入りし、そこからチェコスロバキアへ、そしてペレストロイカの真っ只中のモスクワで新年を迎えるまでのルポルタージュです。当時の東欧、ソ連で出会った人たちがふともらした言葉、考え、日常生活を通して、共産主義がもたらした現実を伝えます。

會長が執筆活動を始めて間もない頃なんでしょうね。文章の若さに、會長にもこんな時代があったんだ、と親近感を感じます。当時の定価390円の一冊。これは貴重。

 

2002年刊行。會長、46歳。『「捨てる!」技術』などで知られる辰巳渚さん(2018年、バイク事故により逝去)との共著です。

そら豆みたいな會長と、共著者の故・辰巳渚さん

本自体がレア本の価値を持っていることもあって、これらの本は売れました。

でも、この作戦はカンフル剤。長続きする持続的な方法ではありません。

作戦3 「會長と武道の稽古をして一緒に飲む」特典を付ける

社会経済学者である會長は、「空道」という総合格闘技の師範でもあります。

修練は今も怠らず、「水道橋博士のメルマ旬報」というウェブマガジンで、「東大でも暮らし 松原隆一郎の出稽古日記」という連載を10年以上続けて、あらゆる格闘技の道場に出稽古に出かけては、各格闘技界の人を殴ったり殴られたり、蹴ったり蹴られたり、ひっくり返したり返されたりしています。(博士のメルマは2022年終了。)

そんな會長がなんと30年以上ほぼ休まず続けている毎週土曜の稽古&飲み会に、松原商會で本を買ってくださった方を、ご希望の方はもれなくご招待する特典をご案内しました。

 

PASSAGE関係の学生さんがお一人参加してくださっただけでした。

(今でもお受けしていますー。ご希望の方はご連絡ください。)

作戦4 日々のごはんを通して親しみを感じてもらう

顔が怖い會長。経歴もエラそう。言うことも書くこともきつい。

會長本人と会ったことがないかぎり、會長にも松原商會にも親しみを感じようがありません。

親近感を感じてもらうには、どうしたらいいのか。

そこで、丁稚が長らく大好きなNHKのある番組が浮かびました。

丁稚「會長、『サラメシ』作戦です。會長のランチをたまに写真を撮って送ってください。Twitterにあげます。丁稚も投稿しますんで。會長、エラそうだから、少しでも親しみを感じてもらう作戦です。」

會長「了解」

 

會長は「三鷹大勝軒」か「その他、麺類」、丁稚は「クロワッサン」か「お酒」しかでてこないので、ひと月もせず作戦終了。

作戦5 人気のある方にすがりつく

PASSAGEの誰も寄りつかない松原商會の前で丁稚がうなだれていると、山本貴光さんと「哲学の劇場」をYouTubeなどで長く続けておられ、『理不尽な進化』『哲学の門前』などの著書や、書評活動でも知られる吉川浩満さんが!PASSAGEのすぐ近くにある晶文社で編集者としてもお仕事をなさっているので、会社から歩いてこられたようです。

松原商會を少しでも知っていただきたくて必死の丁稚は、松原商會のためにお力を貸していただけないか、吉川さんにお願いをしました。「いいですよ」と承諾してくださった吉川さん。吉川さんの寛大さに涙が出そうになりながら、さっそく、作戦決行。

まず、「お客さん役」を演じていただきます。

 

そして、まだ存在を知られていない、會長のコメント付録を吉川さんを通して、少しでも広く知っていただきたい。

無理やり、『細雪』や『華麗なる一族』の、會長コメントを貼ったページを開いていただきました。

「へえ、中にこんなふうに貼られているんですね。知らなかった。」と、気を使っておっしゃってくださる吉川さん。

吉川さんは、PASSAGEに棚を持つことを考えて来店なさったようで、その場で棚の申し込みをしようとしておられたので、無理やり、松原商會の前で申し込みしていただきました。

そうして、山本貴満さんとお二人の棚「哲学の劇場」をオープンなさった吉川さん。開店以来、搬入なさってはすぐ売り切れ、という大人気の状態が続いておられます。

吉川さん、その節はお力を貸してくださって本当にありがとうございました。

 

そうして、松原商會は再び、人が寄りつかない日常に戻りました。

 

#5 「本は敵」と思ってる人がシェア型書店に棚を持つ場合

2022年2月27日、開店当日の松原商會があるPASSAGEの風景。まだ空いている棚がちらほら

「僕、いらない本なんてないよ。」(松原隆一郎會長)

松原商會の開店作業を終えた松原隆一郎會長と丁稚は、ほかの棚にはどんな本が並んでいるか、ちょっと視察。

みなさん蔵書を並べているかんじ。著作がある人は自著をたくさん並べていました。

店内の雰囲気になんだか落ち着かない會長と丁稚は、2分で視察を終え、退散。

翌日、オンラインで経営会議を行いました。

丁稚「PASSAGE、予想通り『本好き』の方たちが棚を持っている様子でしたね。本への愛が店内に満ちてました。」

會長「僕には無縁の世界だなぁ。僕、本は『敵』としか思ったことないよ。」

丁稚「『敵」とは?」

會長「僕の場合、読むことは『格闘』だから。」

丁稚「たしかに、本屋さんでゆっくり棚を楽しむ會長の姿がイメージできません。」

會長「本屋に行くことはありませんね。Amazonで買います。」

丁稚「でしょうね……。ほかの棚主さんは、蔵書を売っているようでした。毎月のテーマに沿った選書と並行して、會長の蔵書も棚に出していきましょう。仕入れ費ゼロでもっとも利益が出せる形です。」

會長「棚に出せる本なんて、僕、ないよ。いらない本なんて、そもそも持ってないもん。」

丁稚「え。」

PASSAGEの概念を根底からひっくり返すかのような會長の言葉に、丁稚、絶句。

丁稚「うーん。たぶん、書評家棚の方たちって、蔵書を出すんだと思いますよ。”著名人の蔵書”が、PASSAGEの看板の一つになるんだと思います。會長、一応、著名人なんで、會長の書き込みがある本とか喜ぶ人が世の中にいるかもです。」

會長「そういう本は、僕、手放さないよ。なんで売るの?意味わからん。」

丁稚「ひー。じゃ、これから出す本、どうするんですか。だって、プロデューサーの鹿島茂さんは、家にあふれる蔵書を出すっておっしゃってましたよ。」

會長「鹿島さんは、棚ごと買うような本の買い方をしてる人でしょ。蒐集家なんだから。僕、そういう買い方しないもん。」

丁稚「でも、いらない本、少しはあるでしょう。探してくださいよ。」

會長「あ、いらない本、ある!こういうの。」

カメラの前から姿を消した會長が、にこにこ顔で抱えてきたのは新刊の山。

丁稚「……會長、それって、出版社とかからの献本じゃないですか?」

會長「そうだよ。これ全部いらない。出せるよ。」

丁稚「いや、それだめ。」

會長「なんで?」

丁稚「なんで、て。」

たしかに、「なんで?」だな、と丁稚は考え込みました。

だって、欲しいとも思ってない本を、「書評書いて」「なにかしら宣伝して」といった先方の勝手なお願いとして一方的に送りつけられているのですものね。知り合いの人が書いた本ならともかく、知らない人が書いた興味もない本を常に送りつけられる會長のような立場の人は、いらない本がたまってたまって、けっこうたまったもんじゃないんじゃないか、と、丁稚は初めて気づきました。

會長が言う通り、全然「だめ」じゃないかも。

丁稚「気持ちはわかります。でも、新刊はちょっと。筆者とか出版社の人が見かけたらいい気持ちはしないでしょうから、やめときましょう。」

會長「そう?」

いらない本の山をどこかに戻しに行く會長の後ろ姿を見ながら、日々、世の中に本がどんどん、どんどん、どんどん出版され続けて、それを売るために會長のような「欲しがってない人」たちに新刊の本がどんどん、どんどん送りつけられてきて、それで「本が売れない」「本離れ」と嘆かれているのが、丁稚にはなんだか不思議に思えました。

いつか、社会経済学者の會長に聞いてみよう。――

ということで、松原商會では、「松原隆一郎が読んだ蔵書」を棚で売ることはありません。

# 4 シェア型書店PASSAGEで、さっそく浮く。

「(だいたい)毎月テーマを決めて、テーマに沿った本を売っていこう」と決めた、松原商會

そして、松原商會が中心にしていきたいのは、「松原隆一郎會長と一般の人のコミュニケーションの場」をつくることでした。

松原會長は長らく本を書き、書評を書いてきたわけですが、どちらも一方通行の行為。本や書評を読んだ人たちとコミュニケーションの場をつくりたいな、と丁稚は考え、その手段の一つとして、會長の「コメントカード」を本に必ず付けることにしたのです。

オープン当日。付録の準備が間に合わなかった丁稚は、すずらん通りのドトールで會長と待ち合わせて、『細雪』や『華麗なる一族』など棚に並べる本に會長コメントカードを切ったり貼ったりする作業を會長に手伝ってもらいました。

會長のほうが作業が早い。「あなたは無駄な動きが多いんですよ」(會長)

棚に置く本すべてに會長コメントカードを貼り終えて、急いでPASSAGEへ搬入に。

松原商會は、店を入ってすぐ右側の目線よりちょっと上の棚。

持参した巨大會長顔POPを「きれいにはがせる両面テープ」で棚のふちに貼ります。

松原商會のだいじな看板。

そして、『頼介伝』と、會長が書いてくれたコメントカードをいっぱい貼った関連本たちを、せっせと並べます。會長の近著『荘直温伝』も。

松原商會、船出の日。丁稚に指示されポーズをとる松原隆一郎會長

生まれたばかりのPASSAGE店内は、フランス文学者の鹿島茂さんによるプロデュースなだけあって、シックでお洒落。

松原商會の巨大會長顔POPが店の雰囲気をぶち壊しています。

「目立ってなんぼじゃ。」

頼介さん(頼介さんについてはこちらをお読みください。)の声が丁稚には聞こえたので、雰囲気をぶち壊していることには気づかないふりをしてそれから数カ月を乗り切りました。

(そのおかげか、日経新聞さんに大きく写していただいてました!)

www.nikkei.com

店開きを終えた丁稚は、ほかの棚を視察。文学系の本が多いかんじ。どの棚も「本が好きな人」が棚主さんであることが伝わってきました。

というか、本が好きな人しかいないはずの空間に、何を間違ったか本が「好き」ではない會長と丁稚が、山から出てきたオオカミとタヌキのように、所在なく立ち尽くしていました。

文化的雰囲気に落ち着かないオオカミとタヌキはそそくさ退散。それぞれの山へと帰っていきました。

# 3 松原商會の船出まで その2 ―3分 de『頼介伝』

2022年2月27日、開店当日の松原商會。一見、よくわからないラインナップ

「(だいたい)ひと月ごとにテーマを決めて本を売っていこう」と決めた松原商會。

最初のテーマは「大正、戦前戦中、戦後と『松原頼介が見た日本経済』」

松原商會の店名は、會長の祖父、頼介さんが創業した会社の一つからとったものなので、オープン最初の月は、自己紹介の意味もこめて、會長が頼介さんの起業家人生を調べて書いた『頼介伝』とその関連本をお売りすることにしました。

會長が『頼介伝』の関連本として選んだのは、谷崎の『細雪』、黒木亮『鉄のあけぼの』、山崎豊子華麗なる一族』、城山三郎鼠―鈴木商店焼打ち事件』。

『頼介伝』とどう関連するのでしょう?

それをご説明する前に、じつは、『細雪』も『華麗なる一族』も、開店から1年半たった今もまだ棚にじっといるので、ぜひ、ここで宣伝させてください。

松原商會にいらしたら、ぜひ、本を開いて立ち読みしていただけるとうれしいです!

じつは、松原商會の本には、松原會長が、この本を手にとってくださる方に向けてせっせと書いて、丁稚が切って貼った「會長のコメント」が、1冊の中のあちこちに貼ってあるんです。

でも、全然気づかれてない!

丁稚の作業風景

本を開くと、コメントする會長がいろんなページにぴょこんと現れます。直筆サイン付き。(はがせるシールになってます。)

Twitterで写真付きで宣伝したり、棚のPOPで宣伝したりしても、気づいてもらえません。

付録の存在すらお客さんに伝えられない!

開店早々、丁稚は、いろんな本を上手にアピールしている世の中の全書店員さんのプロフェッショナルなお仕事に尊敬の念を深めました。

―― 話を戻しますと、なぜ、『頼介伝』の関連本が『細雪』や『鉄のあけぼの』や『華麗なる一族』や『鼠―鈴木商店焼打ち事件』なのでしょうか?

それをご説明するにはまず、『頼介伝』がどんな本かをお伝えする必要があります。

3分de『頼介伝』

『頼介伝」の目次です。

『頼介伝』の目次

ここで、話し下手の丁稚があらすじをご説明しても、たぶん全然わかっていただけないと思うので、あるお二人の『頼介伝』をめぐるおしゃべりをご紹介したいと思います。

『頼介伝』の概要を知っていただけるだけでなく、より深く、広く、おもしろさを感じていただけるはずです。

鹿島茂さんと松原會長による『頼介伝』対談

シェア型書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」のオープンと同時に、その一書店として松原商會が開店した日から約一か月後の2022年3月28日、PASSAGEの母体である書評アーカイブサイト「ALL REVIEWS」のイベントで、同サイトのオーナーでありPASSAGEのプロデューサーでもあるフランス文学者の鹿島茂さんが、『頼介伝』についての対談を會長に提案してくださいました。

allreviews.jp

対談はPASSAGE店内で行われ、丁稚も隅で聴かせていただきました。

ライブ配信とのことで(アーカイブ視聴も可能です)、配信作業はPASSAGE店主の由井さんがお一人で担当。鹿島さんも由井さんも慣れた調子でてきぱきと準備が進み、由井さんの「では、行きます」の一言で配信スタート。會長もメディアに出慣れているのでいつもの無表情。唯一何もしてない丁稚だけ、なぜか緊張でカチコチになっていました。

 

2022年3月28日、PASSAGE店内にて鹿島茂さんと松原隆一郎會長が『頼介伝』について対談中

『頼介伝』は「神戸の都市文化論」であり、一人の無名の起業家の「ファミリーヒストリー

「頼介さんの起業家人生について書かれた本ですが、神戸の町の来歴がこの本の縦の線になっていますね。一つの都市文化論になっている。」と、鹿島さん。

そうなんです。『頼介伝』は神戸の2つの町の来歴が軸になっていて、終章は「神戸についての省察」です。

軸になる町の一つめは、東出町。

頼介さんは、フィリピン・ダバオで興した麻事業をやめて帰国し、1918(大正7)年、出身地の山口県には戻らず、なぜか神戸の東出町に流れ着きました。

神戸で生まれ育った會長ですら存在を知らなかった東出町。會長が調べてみると、知られざるこの町は、頼介さんが住みついた当時、ものすごいエネルギーが渦巻いていた、日本経済の中心と言っても過言ではない特異なエリアだったことがわかります。のちに、この地に川崎重工が生まれます。

東出町に、頼介さんと同じ時期に住んでいたのが、

山口組初代・山口春吉

作家・横溝正史

日本画家・東山魁夷

ダイエー創業者の中内功

です。頼介さんと、道ですれ違っていたはず。

頼介さんが、1922(大正11)年2月1日、「松原商會」を設立したのも東出町です。

軸になる2つめの町が、魚崎町。會長が生まれ育った町です。

會長が「戦中の魚崎」の地図を書いてくれました。

頼介さんの家は住吉川沿い。會長の母校、灘中・高の隣りです。

會長(昭和33年生)が生まれ育った家は、その右のほう。

そして、まず注目していただきたいのが、頼介さんの家から住吉川の対岸を200メートルほど下ったところにある「谷崎邸」。谷崎潤一郎が『細雪」を書いたことで知られる「倚松庵(いしょうあん)」です。

細雪』の物語は1936年11月から始まっているので、『細雪』の4姉妹の生活は、同年4月に住吉川沿いに住み始め、住み込みの女中さんを4、5人使って豊かに暮らしていた頼介さんの暮らしと同じ空気が描かれているのです。「阪神間モダニズム」の世界ですね。

「頼介は、お札に火をつけて風呂に入ったことがあるそうです」(會長)

鹿島さんは、阪急電鉄創業者・小林一三の伝記『小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター』を書いていらっしゃることもあって、頼介の事業や生活ぶりに強く興味を感じていらっしゃる様子でした。

さらに、地図の右下のほうにあるのが、川崎製鉄初代社長・西山弥太郎の家

西山は頼介さんの碁仲間で、ワンマン経営者だった頼介さんが唯一信奉する人でした。碁を打つ合間、西山は再三「これからは鉄の時代だ」と頼介さんに熱弁し、影響を受けた頼介さんは製鉄業を興します。

西山弥太郎の人生を描いた作品が、黒木亮『鉄のあけぼの』です。

會長は小学校に上がると、頼介さんに自分が興した工場に外車で連れられ、100人超の従業員がずらっと並ぶ前を一緒に歩きながら「大きうなったら、隆一郎がここを継ぐんじゃ」と言われて育ったそうです。華麗なる一族』の鉄平そのもののような會長の子ども時代が、『頼介伝』に書かれています。

頼介さんはそうやって、戦前・戦後に大きな事業をやり遂げていたのに、その経営の記録を何も残しませんでした。財務は全て頼介さん一人でやり、経営の詳細は、後継ぎとして育てていた孫の會長にも、会社の誰にも明かさないままでした。

そんな頼介さんの謎を解くヒントになる、と會長が直感したのが、神戸で大貿易会社、鈴木商店の大番頭にのぼりつめた金子直吉を描いた、城山三郎『鼠―鈴木商店焼打ち事件』でした。実際、金子直吉は「頼介と似ている!」と、會長は唸ることになります。

鹿島さんは、

「神戸の『山を削って埋め立てる』開発の仕方は満州と同じ。」

「家から出される優秀な次男、三男が日本近代史にかかわっている。」

「頼介さんは、鮎川義介日産コンツェルン創始者)、大谷米太郎ホテルニューオータニ創業者)、バルザックの「川上願望」と共通するメンタリティがある。」

「起業家は未来を予想する。未来に賭ける。」

などなど、『頼介伝』から読み取られたことを、楽しそうに會長に語られます。

鹿島さんは、「entrepreneurのメンタリティ」に強い共感を抱いていらっしゃるような気が、丁稚は、しました。だから、小林一三のほか、渋沢栄一の伝記も書いていらっしゃるのでしょうか。

なので、話は、鹿島さんご自身も経験してこられた「ファミリーヒストリーの調べ方」についても。

「複数のウラをとります。情報は全てとる。第一次情報は大切です。全て自分で調べます。法務局によく行きました。」(會長)

そうなんです。丁稚が『頼介伝』を読んでまず圧倒されたのは、會長のものすごい徹底調査ぶりです。

會長は、船の写真を何枚か見つけます。頼介さんは造船業も興していることがわかったので、たぶん頼介さんの会社が作った船。でも、誰がどこで撮ったものかわからない。

會長は「戦時日本船名録」から頼介さんの会社が造った船の名前を見つけ、写真の撮影場所を探して、行ったことのない島に出かけ、知らない人の家を訪ねて話を聞いたり、地元の図書館のレファレンスに問い合わせたり、タクシーの運転手さんに質問したり、法務局に行ったり、たまたま「役所」と書かれたワゴンカーがやってきたので乗っている市役所の人に質問したら税務署に行くとわかるかもと言われて税務署で地番を確認したり、堤防をよじのぼって蛇とフナムシがウヨウヨいる砂浜に飛び降りて眺めを確認したり、そういうことをこつこつ、こつこつ重ねて、いつ、どこから撮った写真かを特定したりしてるんです。船の進水式の写真で歓喜して手を振っているおじいさん(頼介さん)の気持ちを、80年の時を超えて、おじいさん(頼介さん)が立っていた場所で体感するために。

『頼介伝』の表紙に使っているこのシュールな写真も、會長が実家を整理していたら出てきた謎の一枚で、調べてみると驚きの事実がわかりました。

會長が、お父さんの死をきっかけに、祖父・頼介さんについて、ほとんど手がかりがない状態から「社会経済学者」の目で調べあげ、一冊の本として世に出したのが、『頼介伝』です。

フィリピンに渡って開墾事業を興し、日本で造船業を興し、帆布会社を興し、製鉄業を興し ―― 戦争、二度の高度成長期とともに、栄え、沈み、また起ち上がる頼介さんという無名の起業家の人生を通して、日本近代史を「体感」できる本です。

松原商會も、頼介さんのように、何度倒れても元気にぴょん!と起き上がる本屋さんでいたい、と丁稚は思います。

『頼介伝』がどんな本か。なぜ、『細雪』『鉄のあけぼの』『華麗なる一族』『鼠―鈴木商店焼打ち事件』が関連本なのか。

ふわっとおわかりいただけたのではないでしょうか。