松原隆一郎會長がキコキコ自転車で出勤すると、店の前にホウキ片手に仁王立ちの丁稚が。
會長「丁稚、店の前でシーサーみたいな顔してどうしたの? 松原商會の魔除けも担当するの?」
丁稚「會長、昨日お店あけたまま帰ってましたよ。店の前に本も出したまんまだし。」
會長「あぁ、ごめんごめん。何か盗られてた?」
丁稚「いえ、なにも。松原商會は泥棒も寄りつきません。」
會長「まぁ、暑くなってきたし店に入ろう。アイスキャンデー買って来たよ。」
*
丁稚「ペロペロ。會長、昨日は酔っぱらって、店を閉め忘れたんですか? 」
會長「 いや、今、本を書いていて頭がいっぱいで。ガリガリ。」
丁稚「極度に集中してるんですね。 會長、元の顔が怖いから表情から読み取れないんですけど、今、執筆そんなに大変なんですか?」
會長「そう。全然眠れない。夜中に何か思いついたら考え始めて止まらないから、さらに眠れない。」
丁稚「店ではいつも寝っ転がってますけど。」
會長「あれ、スマホで書いてるの。思いついたことも全部スマホにメモしてあるし。
本を書いてた期間の記憶が残ってないことも多い。」
丁稚「今の本を書き終わったら、丁稚も「あんた、誰?」って言われたりするんでしょうか。」
會長「かもしれん。」
丁稚「気分がのらないと書けないってこと、ありますか。」
會長「そりゃあるよ。そういうときはスマホでオセロをして、おりてくるのを待つ。」
丁稚「 ものを考える仕事の人は、散歩とか、歩いてると思いつくエピソードを聞きますが。」
會長「僕、歩くの嫌い。オセロは僕ほどほどに弱いからオンラインで相手が見つかりやいんだ。」
丁稚「執筆で一番苦しいことってどんなことなんですか?」
會長「それは無数にあって簡単には言えないよ。今書いてる本だと、全体の構成になかなか苦労したな。それで、序章を19回書き直した。」
丁稚「バームクーヘンみたいな本ですね。」
會長「もうすぐ書き上がるよ。」
丁稚「よかった。じゃあ、會長がお店あけっぱなしにするかもなのもあとしばらくですね。
それにしても、本を書くのってそんなにつらいんですね。鶴の恩返しの鶴みたい。書くたびに心も体もすりへってしまうのでは。」
會長「人によると思うよ。あと、書くものにもよるよ。僕の場合は一生続くだろうな。」
丁稚「難しい本って何千円もして高いなって思ってたんですけど、會長の話聞いて、全然高くない気がしてきました。」
會長「一冊、一冊、だいじに売ってね。」
丁稚「はいっ。」
(設定はもうほとんどフィクションです。)